第15期決算会議

先月の8月末で15期が終了しました。

無事、決算を迎えられるのも、お客さまや従業員とその家族のお陰だと感謝しております。

 

今年度は新規のご依頼に対して、人材確保がスムーズに行かず、お断りしたり、


燃料高騰の要因などでコストが大幅にかかり、大変厳しい決算内容となりました。

 

そのあたりの反省と対策、また来期に向けての課題を例年のごとく、各担当責任者である主要メンバーで熱く議論を重ねました。

 

同じ内容の話でもメールや電話で話し合うのではなく、「場」を設け、議題を

共有し、認識し合うのとでは全く違います。

 

私たちは、毎年、新学期を迎えるのと同時に各自がみんなの前で目標を発表し、1年間を通し、能動的主体性をもって取り組んでいます。

 

弊社では自分が掲げた目標に対して、能動的に動くことの大切さを繰り返します。

受け身の状態でたまたま目標を達成できたのと、能動的に動いて、目標が惜しくも

達成できなかった場合は、後者の方が評価されます。

 

本来、人間は能動的に主体性をもって動くことに対して、本能で喜びを感じる生き物だそうです。

これが人間共通のスタンスだそうです。

 

ましっろなキャンパスに思いっきり自分の好きな絵を描きたいとは思わず、

絵を描いてる人を横で見るのが好きで、自分では描きたくないというのは

本来の人間のスタンスではないと言う事ですね。

 

弊社の場合の目標への取り組みは、まず、自分で描く楽しさに触れることが目的です。

確かに、受け身の人間にとっては一歩を踏み出す(筆をとる)事自体に大変勇気がいるものですが、そこを仕事を通して、目標設定を通して自己改革しようという事です。

 

そして、主体的に動いて目標を達成し、それが会社の目的(経営理念)につながっていることを認識した時、自分の価値も同時に認識します。

 

この、主体的に動き、誰かの役に立てた事を認識しできた時に人は例外なく幸せを感じると考えています。私たちはそれらを仕事を通し、目標を通し、実践しているわけです。

 

ですから、会議では目標の達成如何より、なぜその動きをしなかったか?

なぜそこでじっと見ていたのか?などなどが議論となります。

 

また、計画の緻密さも厳しく追求します。なぜなら、適当な計画は達成率が低くなるからです。緻密に描けば描くほど確率は高くなります。

そこを適当に描くこと自体、「最初から受け身で行きます」と宣言してるようなものです。

 

今回は例年より、いろいろと掘り下げることができた会議でした。

 

毎回、会議の後はどこかで、気持ちを切り替え、精神をリフレッシュできる体験を企画

するのですが、前回の陶芸に続き、今回は嵯峨の大覚寺で「写経」を体験しました。

 

薄く書かれたお経を写すのだから、誰でも同じようになるのかと思えば大間違いです。

字のうまい人はうまいし、下手な人は下手です。。。

 

最後の方は集中力が切れてきて、うまく上からなぞれなくなるんです・・・

しかも最後の方に、すごく複雑な文字が並び、余計に姿勢もガタガタ、心もイライラ

としてしまいました・・・

 

精神の未熟さを痛感しました。

ちなみに弊社社長は「最初から書かれたお経より、あとから書く自分の字の方がきれいだ」と傲慢なことをおっしゃってました。

ひそかにみんなが思った事は同じで「毎日でも写経をして驕りをなくしてください」という

事でした・・・(-_-;)

 

写真は大沢の池をバックに大覚寺境内でみんなで撮った写真と最後まで一人頑張って写経をしていた片岡専務の後ろ姿です。

頑張られた割には毛虫が這うような字の写経でした。。。(>_<)

 

来期は今年以上の大きな三方善(従業員とその家族、お客さま、社会への貢献)を生み出しましょう!!

片岡専務の写経姿・・・
片岡専務の写経姿・・・