2019年

5月

23日

聖地、花園。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の続きなのですが、
ワールドカップのチケット再販売が、
5月18日、18時に世界同時発売で、スタートしました。
今回は前回の教訓を生かし、外れた場合も考慮して、第1希望から第5希望まで万全の準備をして挑んだつもりでしたが、
18時スタート直後から、10万人以上が順番待ちする状態になり、チケットが買える状況すらなりませんでした。
そしてやっと翌日午後に発表された時は、花園のチケットは全て完売でした。
国内での盛り上りは今ひとつですが、
海外から申し込みが予想以上に殺到した見たいです。
日本に来た事がない海外の多くの人々が、ワールドカップの機会に、アジアで初めて、新しい国でラグビーを見ようとやって来る。
彼らにとって、めったにない機会だからと言う事でした。
次回、もしチャンスがあれば、
何とか対策を考えて、再度チャレンジしたいと思います。
お忙しい中チケット予約をして頂いた斎藤所長、この場をお借りして感謝致します。
どうもありがとうございました。
気を取り直して、、、

 

花園ラグビー場は、歴史的に古く、1929年に開場し、小規模な改修を繰り返しながら、ワールドカップ開催都市のスタジアムに選ばれたせいもあり、今回の大規模な改修で、立派に生まれ変わりました!

 

このスタジアムの、個人的な記憶としては、数多く名勝負があった中でも、
やはり全国高校大会決勝、伏見工業高校 対 大阪工大高校の名勝負は、忘れられません。
あの1984年にテレビ放送された伝説のドラマ、スクールウォーズのモデルとなった試合です。
又、NHKのプロジェクトXでも取り上げられた、熱血漢、泣き虫先生こと、山口良治監督の物語でもあります。  (座右の銘は、信は力なり!)
次に記憶があるのは、その教え子、ミスターラグビー、平尾誠二です。
選手として、同志社大学3連覇、神戸製鋼7連覇の絶頂期の試合ですね。
なお平尾氏は、先程の伏見工業 初優勝時の主将でもありました。
又、日本代表でもワールドカップ3大会連続出場、現役引退後は日本代表の監督も務めて、輝かしいキャリアを残し、53歳の若さで亡くなったのは、残念でなりません。
実家は京都市南区、陶花中学校出身です。自分は京都の地理はあまり詳しく無いので、

 

皆さん、どの辺りかご存知でしょうか?
そんなことで、
私の実家が花園に、割と近いせいもあり
ラグビー観戦には、昔からよく行きました。
初めて花園に行ったのは、自分が幼い頃でした。
正月に全国高校大会を観戦しに、
父親と手をつないで寒風の中、
3つのグランドを、ぐるぐる回っていたのを覚えています。
ただ、当時は幼く、ラグビーなんて全然興味ないので、寒いし早く帰りたいと言う思いしかありませんでした。
そして最近は、僕の方が父親の手を引くようになりました。
来年の正月、高校ラグビーの試合、花園には、

 

僕が連れて行ってあげられたらいいなと、思います。
  西田
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2019年

5月

23日

新入社員歓迎会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この度大阪営業所に1名新人ドライバーが入社致しました。ドライバー不足が深刻な問題となっておりますが、大変有難い事に多くの方にご応募を頂きましてその中から選ばせて頂いた方に来ていただくことになりました。

多くの会社の中から弊社を選んでくれたご縁を大切にし、大事に大事に育てていこうと思います。
本社からはお忙しい中、社長・常務・山田業務部長にお越し頂き大変有意義な時間となりました。

 

今回新たに加わった人材と共に大阪営業所一同、力を合わせて頑張って参ります。

 

また、社長・常務が大阪にお越しの際は必ずお土産を持ってきて下さいます。
今回の京都の有名店でのお菓子も大変美味しく頂きました。
いつもお気遣いありがとうございます。
そのお気遣いが我々社員にとって大変励みになります。

 

伊東

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2019年

5月

23日

手書きのメッセージに温かみを感じます

私たちの職場とも言える名神高速道路の、とあるパーキングのトイレで撮りました。

 私個人の感想としては、最近のパーキングエリアのトイレは本当に清掃が行き届いていて気持ちが良いです。
 
 飲食店でもデパートでも私が心地よいと感じるひとつのバロメーターは、トイレが綺麗かどうかなんです。


 いくら美味しい料理を出す店でも、レイアウトの綺麗な店であっても、トイレが汚く悪臭を発する店には、足が遠のいてしまいます。

 ここのパーキングは、売店も無く、トイレとジュースの自販機しかない、どちらかと言えば地味なパーキングですが、ここも清掃の行き届いた綺麗なトイレでした。


 洗面所の花は、そんな地味なパーキングで、そこを清掃する人の温もりを感じる飾りで、思わず写真を撮ってしまいました。
 
 花の知識も興味も無い私ですが、こういうさりげない演出にホロッとなってしまうおっさんです。

 

斎藤

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2019年

5月

14日

2019春 ヒヤリハット報告

『2019春 ヒヤリハット報告』
 
 当社では毎年2回、春と秋の交通安全運動に合わせて、各社員からヒヤリハット報告をしてもらい掲示します。

 ヒヤリハットとは、重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例の認知の事を指します。文字通り、「突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッと気づかされたりするもの」です。

 有名な法則で、『ハインリッヒの法則』というのがあります。
 これを、端的にピラミッドで表した図をご覧になった方は多いかと思います。
 

「1件の重大事故の影には29件の軽微な事故あり、その30件の事故の影には290件のヒヤリハットがある」というものは非常に有名です。

 

なるほど・・・と考えさせられます。

 皆さんの周りでも、道路交通以外においても、危険箇所は潜んでいると思われます。このヒヤリハット事例報告の実施は、あらゆる職場の事故回避に繋がるものだと思われます。
 
 今回は26件の報告が寄せられました。

 

斎藤

 

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2019年

5月

10日

我々の使命

大津市で幼い命2名が失われる事故がありました。

 

交通社会に生きる人間、運転を生業とする業種に従事する人間として決して他人事ではないと痛感します。

 

事故から1日経った今日、得意先での話題はこの事故の話で持ちきりで、あんたも毎日運転する仕事なんやから気を付けなあかんで!と叱咤された次第です。

また配送ルート上にある保育園・幼稚園では散歩の時間やルートの見直し、引率者を増やす事など対策を行いますと張り紙がしてあった所もありました。我が子を預ける保護者の方々に少しでも安心して頂きたいという気持ちの表れがこの行動に出てると思います。

事故を起こした当事者はもちろん事故を起こそうとしたわけではないですが、少しの油断不注意が取り返しのつかない惨劇を招くという事を自覚し、ハンドルを握れば片時も油断する事なく周囲の安全に配慮する事を徹底していくという事を改めてこの事故を踏まえて思うのであります。

 

私は絶対に事故を起こしません!

 

伊東

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2019年

5月

08日

太田垣士郎の足跡を富山県に求めて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※写真は滑川から富山湾をバックに・・・

 

 

今、元関西電力社長の太田垣士郎という方の書籍「胆斗の人」を読んで勉強しています。

 

もともとは、あの有名な阪急創業者、小林一三の元で鍛えられた方で、その後関西電力の社長に就き、戦後電力不足の日本に電気を供給するため、誰もが無理と言われ、た富山県黒部ダム(通称くろよんダム)を建設した方です。

 

それはそれは、凄まじい内容で、あの有名なテレビ番組(プロジェクトXでも取り上げられたのは知っている人も多いですね。

 

今回、その人物を勉強している上でどうしても、現地に行って苦労を身近で感じたく思い、強行で富山県に行きました。

 

黒部渓谷のトロッコに乗り、立山アルプスの山々の間を走ったのですが、ここを実際に切り拓く胆力、そして、決めたことをやり遂げる意志力において、自分の環境と比較して、なんて我々は甘いんだろうと、一瞬落ち込みさえ感じました。。。

 

しかし、それと同時、人間の偉大さも感じることが出来ました。

諦めさえしなければ、やろうと思うことは必ず出来るという底力を人間は持っているということも

確認できたように思います。

 

本当に素晴らしいい社会見学となりました。

 

ただ、今回はGWとはいうものの、どこにも連れて行ってやれなかったので、

子供たちも一緒についてきましたが、、、

 

みんなにとっても良い社会見学となったと思います。。

 

建野

 

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2019年

5月

01日

平成を振り返り、令和に志を振り向けて

 

平成8年10月に車両1台を購入し、右も左もわからないまま創業し、駆け抜けた23年が私にとっての「平成」でした。

 

ここにくるまで、やることすること、全てが壁だったように思います。

 

しかし、問題を横に並べて眺めると、いくつもあり、対処しようがないと感じていた創業当初も、問題を縦に並べて、一つづつ出来る限り丁寧に対処すれば出来ないこともないということ気づき、そこから一歩一歩進んでいったように思います。

 

そして、もちろんここに来るまでは、お得意先に可愛がっていただき、従業員の仲間に支えられ、そして、家族にも励まされ進んできました。

 

創業するまで、世間に胸を張れるような生き方をしてこなった私が、今この会社を経営させて頂いてることには、やはり意味があると思っています。

 

「素晴らしい、会社の仲間やお客様、家族をお前に与えてやる。その代わりお前はその全て人たちに出来る限りの良い影響を与えなさい」

 

天からこのように言われてる気がしてなりません。

ですので、この言葉が常に私の胸の中にあり、これ志の中心にあります。

 

この令和で自分の志をどこまで進めていけるか?

また、それと同時に自分の理念をどこまで高められるか?

 

昭和が1ラウンドとすれば、平成が2ラウンド、令和が3ラウンドという気持ちで、

三方善のため、真っ向から勝負したいと思います。

 

是非、引き続きご指導宜しくお願い致します。

 

建野

 

 

 

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